4月に緊急出版された前田朗編著『「慰安婦」問題・日韓「合意」を考える』(彩流社)に、当ブログ運営者の短文も寄稿しました。出版社の許可を得てここに転載します。
引用する場合の出典は以下です。
前田朗編著『「慰安婦」問題・日韓「合意」を考える』彩流社、2016年、92-93頁
「カナダはサンフランシスコ平和条約の署名国の一つである。しかしこの条約の締結時点で日本軍による性奴隷の問題は表面化していなかった。だからこの問題を認識せずに署名した国として責任がある。カナダに関係がないとは言えない。」-2015年夏、元バンクーバー市議のエレン・ウッズワース氏はこう言った。この年、カナダ西海岸のバンクーバーの隣町、バーナビー市が市内の公園に、「慰安婦」にされた女性を象徴する「平和の碑」を、韓国の姉妹都市の寄贈により建立するという計画が、日本出身の住民を中心としたグループに激しい反対を受けたが、その反対の声の中に「カナダには関係ない」という見方があったことに対してであった。
カナダ下院議会は、第一次安倍政権が河野談話の撤回をもくろみ、「慰安婦」の歴史自体を否定しようとしていることを受けて、2007年11月28日、「カナダ政府は日本政府に対し、1993年の河野談話における反省の表明をおとしめるようないかなる発言も放棄し、日本帝国軍のための『慰安婦』の性奴隷化と人身取引が起こらなかったかのようないかなる主張に対しても明確に公的に反論し、この強制売春の制度への日本帝国軍の関与に対し、すべての被害者に対し正式で誠実な謝罪を国会で表明することを含む全責任を取り、和解の精神にもとづき被害を受けた人たちと向き合い続けることを促す」という決議を可決した。
引用する場合の出典は以下です。
前田朗編著『「慰安婦」問題・日韓「合意」を考える』彩流社、2016年、92-93頁
歴史の不正義にどう向き合うか―カナダの視点
乗松聡子


この連邦議会での決議からしても「慰安婦」問題がカナダと「関係ない」とは言えないのである。バンクーバーには、広島の被爆者ラスキー・絹子氏(故人)の胸像も公園に立っており、「ホロコースト教育センター」もある。カナダで起こらなかったことでも多文化社会のこの国が記憶し継承していかなければいけない歴史という意味では、性奴隷被害を象徴する少女像があっても何の矛盾もない。また、カナダでは多数の先住民の女性が性暴力などの犯罪の被害者になっているが、未解決のままの殺人や行方不明事件の真相究明の本格的作業がトルドー新政権によって始まったばかりだ。植民地主義の中での女性の人権侵害はカナダでは現在進行形の問題であるということからも、日本軍性奴隷の歴史をカナダ人が学ぶことには意義がある。
また、日韓間の「慰安婦」問題の「最終的で不可逆的な解決」とされた2015年12月28日の「日韓合意」を、カナダの過去の「謝罪」と対比させれば気づくことも多いのではないだろうか。1988年9月22日、当時のブライアン・マルルーニー首相は戦時日系カナダ人強制収容に対し、被害者の代表者たちが見守る中、「私は下院のあらゆる党派の議員を代表して、日系カナダ人、その家族、その文化的遺産に対して行われた過去の不正義に対し正式で誠実な謝罪をし、あらゆる背景を持つカナダ人に対して、このような人権侵害がこの国において二度と容認されたり繰り返されたりしないように厳粛なコミットメントと実行を約束します」と伝えた。カナダ国民の代表者である連邦議会の総意のもとに首相が自ら被害者の前で国家責任を認め、謝罪し、国家補償を約束し、記憶の継承と次世代への教育を約束した。これらは「慰安婦」の被害者が日本政府に求めてきたことと重なっており、これに照らし合わせると、首相が直接被害者に表明しないどころか、議会を通してもおらず公式文書も存在しない「謝罪」、国家責任への言及の曖昧さ、国家補償を回避し、記憶と教育の事業を行うどころか「もう二度と蒸し返すな」といった約束を迫り、挙句の果てには10億円の「基金」も「日本大使館前の少女像を撤去しないと出さない」といった脅しを行い、「性奴隷」という事実の否定を続けるなど、日本政府の「謝罪」の欺瞞が次々とあぶりだされる。
バンクーバー近郊における「像」設置計画への反対運動は、主に日本出身の移住者を中心に日本語で展開され、カナダ西海岸の日系人の多数派を占める、英語で生活する日系カナダ人たちにしっかり知らせることもなく進められた。背後には日本の右派運動体や日本総領事館の影響もあった。この反対運動について知った日系カナダ人のKさんは、「日系カナダ人が経てきた歴史をかんがみればこの像を支持こそすれ反対する理由は考えられない」と言っていた。これはこの計画の意味が、「反日」などではなく、戦時の人権侵害を記憶し、二度と起こさないという教訓を象徴する像であるという意義を理解した上での言葉である。戦時中、差別され迫害されたカナダの日系人だからこそ、同じ戦争被害者である性奴隷被害者の気持ちがよくわかるのだろう。
このように、日本政府による「像」撤去要求を含む「日韓合意」や、各地での「像」建立をめぐる論争に対し、日系人強制収容に対する謝罪・補償をはじめ、過去の不正義にカナダがどう向かい合ってきたかの歴史が示唆することは多い。
のりまつ・さとこ
『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』(http://apjjf.org/)エディター。ピース・フィロソフィー・センター(peacephilosophy.com)代表。編著『正義への責任―世界から沖縄へ』(琉球新報社、2015年)、共著『沖縄の〈怒〉-日米への抵抗』(法律文化社、2013年)など。カナダ・バンクーバー市在住。
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(週刊金曜日2015年4月24日号)